迷った時は困難な道を選ぶ
シンガポールで新たな人生を始める
シンガポール


飯田 広助

飯田広助。1984年、青森県青森市生まれ。高校時代は硬式野球部に所属。卒業後は東北大学経済学部に進学し、体育会ラクロス部の練習に明け暮れる。2007年、都市銀行に入行。6年間の東京勤務の後、インドネシア・ジャカルタにて3年間勤務。ジャカルタでの出逢いがきっかけで、創業を叶えるために渡星することになる。


  • 2007年4月 都市銀行入行
  • 2016年1月 シンガポール・Fifty One Media Pte Ltd 創業
いつか自分で事業を起こしたい。選んだ銀行のキャリア

両親と妹3人に囲まれ、6人家族の長男として青森県で育った。長男だからいって重荷になるような育てられ方ではなく、好きなことを何でもさせてくれた両親には感謝している。高校では硬式野球部での練習に明け暮れ、大学では体育会ラクロス部に入部。この頃から、漠然と自分で何か事業を起こしたいと思うようになっていた。経営者の生の声が聴く事ができ、様々な勉強ができるのは銀行なのではないかと考え2007年、都市友銀行に入行した。

東京から進出ブームのジャカルタへ

銀行に入社し東京での6年間勤務の後、2012年、縁あってジャカルタに配属となった。ちょうど日系企業のインドネシア進出ブームが起き始めている頃。未開拓の市場で戦おうとする経営者の前向きな姿勢がとても新鮮だった。

インドネシア人の同僚たちは、ビジネスセンスや語学能力が非常に高く、とても驚かされた。そんな人たちと働き始めて数年が経ち30歳を前にした頃、銀行に入ったときの目的が頻繁に頭に浮かぶようになっていた。銀行で学ばせてもらった様々な事を活かして自分で事業をしてみたいと考えた。と同時に、遠く離れた故郷を想うことも増えた。事業を通じて「日本の地方と東南アジアを繋ぎたい」と考える様になった。


迷ったときは困難な道を

同世代ながらジャカルタで単身起業し、活躍をしているライフネシアの三好に刺激を受け、彼との出逢いをきっかけとして、シンガポールでの情報誌事業の創業を決意した。シンガポールという東南アジア随一の国で事業を成功させ、いずれ日本の地方まで文化や情報の橋をかけたい。今の暮らしはとても恵まれているが、“迷ったら困難な道へ”、というポリシーに従い、覚悟を胸にシンガポールへ渡った。

既に成熟したシンガポールには、歴史があり非常に質の高い情報誌が多く、新規参入はかなり難しい状況だったが、沢山の応援してくれる方のお陰で2016年4月、シンガポール週刊誌『シンガライフ』が創刊された。



いつかは事業を通じて東南アジアと日本の地方を繋ぎたい

インフラが整備されたシンガポールの街並は過ごしやすく、休日は家族と過ごす日々。前職と比べて格段に暮らしに余裕はなくなったが、自分が選んだ道を楽しめている。リスクのある決断の後押しをしてくれた妻にはとても感謝している。

創刊してから約1年半が経った現在、徐々に知名度が上がってきた感じが見て取れる。1年後はさらにシンガライフの認知度を高め、在住者の誰もが知る媒体に成長させたい。近い将来は事業を通じて、東南アジアと日本の地方を繋げられる様になりたいと考えている。



東南アジアで活躍する人
RECRUIT 2018
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